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店舗型コミュニティマネージャーの「距離感」の話。

time 2018/03/22

店舗型コミュニティマネージャーの「距離感」の話。

店舗型コミュニティマネージャーは、あらゆる業界・年代・価値観を持った人と、時には友人かのような距離感で話をする。

この、「距離感」、何気ないことのようで、実はものすごく重要な要素になる。

健全にコミュニティを運営していくという視点を持つと、無視することのできない、意識して調整を行う必要がある項目である。

まず、「距離感」とは何か。

ここでは、人と人が接する時の、「心の距離」である。

当然、実際に、物理的に何センチ離れているとか、そう言った話ではない。

距離が近くなること、それは、基本的にはいいことだ。

話すのも楽しくなっていくだろうし、実際、距離が縮まるとは、その人と接することにポジティブな反応を抱いている証拠だ。

このスピードには、個人差がある。コミュニティマネージャー側が距離を縮めたい、と思っても縮められない、ということもよくある。

それは、コミュニケーションに魅力を感じないので、メンバーから縮めたい・もっと仲良くなりたい、という反応を得られないのだ。

コミュニケーションは奥が深い。

全員に対して、距離を縮めることができるスーパースターでない限り、

どうやったって、距離を縮められない場面は訪れる。

だから、距離を縮められない人がたくさんいる中で、距離を縮めてくれる関係性を作れそうになっていることは、

それ自体は貴重なことなのだ。

そして、話はそこからなのであるが、距離感を縮めることができ、

だんだんいろんな方と楽しく、コミュニティ内で会話が生まれるようになってくると、

今度は、「コミュニケーションの特定化」が始まってしまう。

これが、何よりも警戒すべき現象である。

シンプルに言うと、コミュニティマネージャーが、特定の、仲良く話してくれる人とだけ優遇し、時間を費やす。

仲良い人とだけコミュニケーションをとることは人間の本能的に自然なことだ。

それが続くと、コミュニティの風の通りが悪くなり、うちわだけがいつも喜ぶような、村のようなコミュニティなっていく。

多様な価値観は、入ってこない。

そして、新規メンバー側から、新たに馴染もうと思っても、新規メンバー側が相当なコミュニケーション能力を有していない限り、馴染めなくなる。

そうなると、コミュニティは一気に村になる。「よそ者」という概念が生まれる。

こうなったら、終わりだ。コミュニティマネージャーはその責任を感じる必要があるだろう。

本来、人は常にフラットであり、その関係性に優劣はない。

天は人の上に人を作らず、だ。

「よそ者」という概念のある村を作りたいのか、それとも、多様な価値観を受け入れるポテンシャルを持つ社会を作りたいのか。

だから、距離感を意図的に調整する必要がある。一人ひとりとの距離を縮めることは、嬉しいことだが、

一方で、距離を縮めすぎて、グダグダになっていないだろうか。

緊張感を失っていないだろうか。

仲良くなりすぎる弊害を、考えたことはあるだろうか。定期的に、そうやって立ち返る。

コミュニティマネージャーは、レンタルフレンドではない。レンタルフレンド業をやるなら、

それをメインサービスにしている業界に転職したほうがいい。よっぽど稼げる。

あくまで、「場」のことを考えるのだ。目の前の人のことを大切にするのは、当たり前。

しかし、「場」よりも優先されるものは、コミュニティマネージャーにとって、存在しえない。なぜなら、「コミュニティ」の魅力を上げることが、

存在価値だからだ。

目の前の人よりも、「場」。

「場」に良くない影響がある、距離感なら即、修正。

癒着、献金、忖度。政治の世界にも似たような話がある。

コミュニティという小さな国家を運営していると置き換えれば、

ある種、公人のような性質も持つと言えるだろう。

次回へ続く。

プロフィール

荒井浩介

荒井浩介

株式会社ARIAという会社を2014年に立ち上げました。勉強できるカフェを大阪でやってます。中小企業診断士勉強中。記録をアップしていきます。 ただいま様々な「100のアウトプット」に挑戦中。 [詳細]

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